趣味の達人 油絵 菅原清さん


もともと好きな絵「やる以上はとことんやってみよう」

 菅原さんは、1931年宮城県気仙沼市生まれ。今年(2008年)で77歳になりますが、今なお現役。ご自宅で理容業を営みながら、庭に建てたアトリエで、ほぼ毎日、油絵制作に取り組んでいます。
 「小さい頃から、絵を描くのが好きだった」という菅原さん。水彩画を小さい頃からずっと続けていたそうですが、就職のため上京し、30歳くらいから、油絵を始めました。最初は東京の小平市で、昭和43年に現在の埼玉・ふじみ野市に移転しました。
 「やる以上は、とことんやってみよう」 -- 以後、絵描き仲間と交流し、勉強会やお互いの品評会などを開いて、絵の勉強をしました。日々、これ勉強!グループでの品評会は、みな、はげしく悪いところを指摘し合う厳しい場だったとのこと。プロの絵描きを目指す者どうし、切磋琢磨していたのでしょうね。
 そして、現在に至る 50 年近くの間、仕事の傍ら、平日でも1、2時間、休日には半日くらい、ほぼ毎日、油絵を描き続けています。
 その腕前は、もはや「絵を描くのが好き」というレベルを越え、プロ級。 40 代の頃は、二科展に連続4回入選、現在所属する旺玄会でも入賞歴多数。国際文化交流功労特別大賞、平成芸術文化栄誉賞なども受賞しているのですから、恐れ入ります。

上/長年にわたり、合掌造りの家々が並ぶ、農村の四季折々の風景を描き続けています。
下/「人まねではなく、自分なりの民家。同じ民家を描くにしても、生活感のこもった絵を描きたいんです」(菅原さん)

菅原さんの原風景、農村合掌造りをテーマに描き続ける

  ご自宅庭のアトリエは、 17 ~ 18 年前に建てたもの。壁に多くの作品が掛けられていますが、2階にはさらに多くの過去の作品がしまわれているのだとか。北側に多くの窓が設けられているのは、「光が欲しかったから」(菅原さん)。北窓にすると、落ち着いた日ざしが入り、欲しい色を生み出すのに、都合がよいからなのだそうです。
  菅原さんの絵のテーマは、「合掌造り」。若い頃はいろいろなモチーフの絵を描いたそうですが、「1つのテーマに絞った方が、『この人は、これをやっているのだな』と、理解してもらえますから。宮城の漁港で生まれ育った私にとって、昔の民家や田畑は、原風景。心が落ち着くテーマなのでしょうね」(菅原さん)。
 「時折、絵を教えてほしいと頼まれる菅原さんですが、「自分が描くのに精一杯」(菅原さん)なため、お断りしているのだそうです。
  「絵に、これで完成、というものはありません。ずっと、もっといい絵、もっといい絵と、上を目指してきました」と菅原さん。 今年は6月に続き、10月にも銀座の画廊で個展を開くという菅原さん。ほっと心和む、日本の農村風景の絵を見たい人は、足を運んでみてはいかがでしょうか。

いくつになっても夢を追いかけるすばらしさ

 美術年鑑などを見ると、そこには菅原さんの名前とその作品が載っています。すでに、趣味の域を越え、プロの画家なのでは、という疑問が浮かんできます。
 「プロ」とは、「その仕事を生業として、生計を立てていること」。画家の場合であれば、絵を人に教えるか、作品を売るかのどちらかしか収入を得る道はありません。自分の絵に精一杯で、人に絵を教える余裕はない、という菅原さんがプロになるには、絵が次々と売れるようになるしかないのです。
 すでに、菅原さんの絵を欲しいという人はたくさんいるようなのですが、絵を売って、生計を立てるというところまでは、まだまだ。しかし、「いずれ絵だけでやっていければ」(菅原さん)との思いは今も強く持っているとのことで、個展を開くのも、「プロとしてやっていく足がかりとなれば」(菅原さん)との思いがあるからだそうです。

「絵の難しいところは、色を創り出すこと」(菅原さん)

いくつになっても、夢をあきらめず、プロの画家を目指すその姿は、とてもすばらしいと感じました。数年後、誰もがその作品のすばらしさを知っている、日本を代表する画家となっている姿を、besideも楽しみにしています。

上/手前に見えるのは、美術年鑑や作品集など。
下/素人目には完成した絵ですが、納得のいく色が出るまで、何度も描き直すそうです。


菅原清個展

日時
10月13日(月)~10月18日(土)
営業時間:11時~18時
菅原さんの在廊日:13日(月)、14日(火)11時~18時
場所
ハヤシ画廊
東京都中央区銀座1-14-10松楠ビル2F
TEL03-3561-1920

お問い合わせ先
049-264-7345 広報担当 大塚佳代子